2011年3月14日月曜日
地震後の秋葉原
用事があり秋葉原まで行ってきた。駅に行って思ったことは多くの蛍光灯が消されていた事だ。秋葉原に着くと中国人報道陣のような人たちがいた。
ヨドバシアキバに着くと電池を探す人たちモニターの消えたコンピュータ売り場。場所を変えて日頃行きつけのPCショップにはお客の姿がない。いつ行ってもこれほど人が居ない時はないくらいだ。お客姿は3、4人くらいか?
仲の良い店員さんは東北出身らしく「お祖父さんは連絡が取れないから駄目かもしれない」と話していたことが印象的だった。
身近な所でも大変なことが起こっている事を感じた一日だった。
2011年3月13日日曜日
地震大惨事
ユーストリームのTBS
だんだん震災の状況が分かってきた。とても一言で言える状況ではない。
写真でも家は潰れトラックは埋もれ観る影はない。正直、津波に恐怖さえ覚えた。
どれだけ時間が経てば普通の生活に戻るのか?想像つかない。
僕も今日マーケットに買い物に行ってきた。想像していたが棚が空になっているのが目立っていた。つまり、商品の運送が間に合わないと想像できる。僕らはまだ普通に食事ができるだけ幸せなのだろう。
現在、原発の危険性が一番となっている被爆された方もいるようなので政府も全力を上げてほしい。
被災した方々頑張ってください。
2011年3月12日土曜日
地震の後処理
テレビ報道を見ていると東北地方が相当な被害が出ているようだ。我が家の神棚、仏壇からの物の落下程度は可愛い程度だ。
津波で家を失う人、石油コンビナートの火災、流される家や自動車や船やコンテナ、外壁の剥がれる建物、空港の滑走路が水浸し等まるで特撮映画を見せられているようだった。現段階でもまだ全容は掴めていないようだが、しばらく経てば分かると思う。
報道を見ていると300人の自衛隊員との連絡が取れないと話していた。どれだけの被害をもたらすのか?
個人的にはヤットの思いで、神棚、仏壇だけは、なんとか片付けた状態だ。疲れたので休憩中だが日本は神仏の御心にあっていなかったのか?日本は何処へ行こうとしているのか?考えさせられる。
被災地方の方々にはお見舞い申し上げます。
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